Aとの最後の逢瀬と決めた夜。Aが選らんだフレンチレストランはミシュラン二つ星らしいが、何の味もしなかった。ローランペリエのロゼから始まり、マルサネの赤。「マルサネはグランクリュもプルミエクリュもないんだ、でも最近良質なワインができる、実は今かなりお勧めなブルゴーニュなんだ」Aが控えめながら、いつものように少し酔ってくると饒舌なワインの話をしてくれる。でも、今日は早く抱かれたい。抱きたい。今日は最後の夜なのだ。最後に相応しい、何かスペシャルなことは何も考えていない、さよならを言うかどうかも。「どうしたの?今日はいつもの涼子じゃないみたい」暫く何も返事しなかったが、聞くかどうかずっと迷っていた言葉を口にしていた。「私、離婚しようと思ってるの」Aの反応は分かっていた。もともと重くない付き合いだ。状況を理解しあった大人の付き合いだ。でも、Aが何て発言するか聞きたかった。自分への終止符を打つために。「ちょっと待って、時間を少しくれないか」分かっていたことだが、これで決心は固まった。祐希もAもいないところへ旅立つのだ。今は、それしか思いつかない。