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朝起きて、やかんでお湯を沸かしインスタントコーヒー二杯をカップに入れ湯を注ぐ。 卵をフライパンに落とし、黄身が固まるのを待ちながら、コーヒーを飲む。 かちかちになるぐらい黄身を固くすると白味はやや焦げた感じになり、マヨネーズをたっぷりとかけて食べる。 大学時代のボロアパート生活からの習慣だ。別に大したこだわりなどない。 結婚した当時、由美子は面白がって黄身の固い目玉焼きを食べてくれてが、一年もすると別々の朝食になった。 このことが原因なんて思わないが、きっかけぐらいになっていたのかも知れない。 大学を出て製薬会社のMRとして10年ぐらい経った頃、同じ会社で隣の部署にいた由美子と結婚した。 由美子は結婚とともに退社した。このことも、そのきっかけであったのかも知れない。 結婚してちょうど10年、少しづつだが確実に溝は大きくなっていた。 しばらく、離れて暮らしましょう、由美子からの提案だった。 それでも、朝は毎日固い黄身の目玉焼きを食べて、会社に行く。 何も変わらない毎日だ。ただ由美子が居ないだけだ。 でも、存在がないというだけで、ここ数年居ないのも同然だったのかも知れない。
何もしない生活が一か月続いた、空気も徐々に夏の匂いに変わり始めていた。 本を読んで、昔観た映画をDVDで見たり、何かしたくなる瞬間を待ち続けたが結局一か月過ぎてしまった。 ほとんど、家とコンビニとレンタルショップに行くだけでほとんど誰とも喋っていない。 久しぶりに電車に乗って出かけようと、着替えようとした時にそれに気づいた。 胸に少しだが、しこりみたいな違和感を感じた。 普段なら気にしないほどのことだが、何か心にざわざわした感覚があったので、念のため近くの病院を訪れた。 検査の結果は、なんとなくの予感があたっていた。 命には別条はないが、右側を切除しないといけないと告げられた。 結果を聞いたときは、他人のことを聞かされたようであまり驚きを感じなかったが、 家に帰り夜になると急激な刹那感に襲われた。 何もかも失った。本当に何もかも。自分自身も。
完全に一人になった。 大学を卒業してから就職した会社も辞めた。 新しいマンションは父が手配してくれた。 東京タワーが一望できる大きな窓の外はしっとりと雨が降っている。 思えば、12月にAと出会ってからあっという間に春の気配になっている。 春の雨を家の中から見るのが昔から好きだった。 傘をさして忙しげに歩く人やレインコートに付着した雨粒、何も考えずにぼーっとする時間が大好きだった。 やさしい父は暫くは仕送りをしてくれるらしいので、当面金銭の心配はなかった。 OLを十年近くしてきたので、それなりに貯金もある。 暫くは何も考えず、欲望のまま生きてみることにする。 女性としてはもう充分いい歳だと思うが、新しい自分に生まれ変わろうと思う。 今までは、やさしい両親に育てられ、大学とOL生活を適度に遊んで暮らし、それなりにいい男と知り合い結婚した。 そして、Aと出会い中途半端な恋をして中途半端な決断をしてしまった。 Aにも祐希にも今は会いたいとは思わない。今の決断をしたことも思った程、後悔していない。 ただ、今までは周囲に流され普通に生きてきた。 春の雨に霞む東京タワーを見ていると今までとは違う何かがしたいと思った。 ただ、漠然と。
祐希とは、離婚した。 理由を聞かれたけど、何も言わなかった。 「これ以上、無理なの」 祐希は何も聞かなかった。 Aとのことがきっかけになってることは、感じているだろうが、何も聞かない。 そんな祐希が好きだ。涙が自然とこぼれた。 Aには、別れも告げず連絡を取らなかった。 一週間しても何も連絡はなかった。 こんなもんだ。勝手に自分が思い込んだだけなのだ。 そして、旅立つ。 すべて、リセットだ。 幸い実家の父親が金銭の支援をしてくれる。 明日から一人きりなのだ。
Aとの最後の逢瀬と決めた夜。 Aが選らんだフレンチレストランはミシュラン二つ星らしいが、何の味もしなかった。 ローランペリエのロゼから始まり、マルサネの赤。 「マルサネはグランクリュもプルミエクリュもないんだ、でも最近良質なワインができる、実は今かなりお勧めなブルゴーニュなんだ」 Aが控えめながら、いつものように少し酔ってくると饒舌なワインの話をしてくれる。 でも、今日は早く抱かれたい。抱きたい。 今日は最後の夜なのだ。 最後に相応しい、何かスペシャルなことは何も考えていない、さよならを言うかどうかも。 「どうしたの?今日はいつもの涼子じゃないみたい」 暫く何も返事しなかったが、聞くかどうかずっと迷っていた言葉を口にしていた。 「私、離婚しようと思ってるの」 Aの反応は分かっていた。もともと重くない付き合いだ。状況を理解しあった大人の付き合いだ。 でも、Aが何て発言するか聞きたかった。自分への終止符を打つために。 「ちょっと待って、時間を少しくれないか」 分かっていたことだが、これで決心は固まった。 祐希もAもいないところへ旅立つのだ。 今は、それしか思いつかない。